避難できた、そのあとに|認知症のある方の「いつもの安心」を守るために

避難所で毛布に包まりコップを持つ高齢女性に、介護職員が目線を合わせて寄り添う手描き水彩画。「避難できた、そのあとに」と書かれている 介護の仕事

このたびの豪雨災害や熊本地震により、
被害を受けられた皆さまに、
心よりお見舞い申し上げます。

今も慣れない場所で
過ごしている方がいます。

先の見えない不安を抱えながら、
家族や地域の方を
支えている方もいます。

介護や医療、福祉の現場で、
支援を続けている方もいます。

この記事では、
被害の大きさを伝えるのではなく、

「災害のなかで、
認知症のある方の安心を
どう守ることができるのか」

を考えたいと思います。

※この記事は、
2026年9月29日時点の
公表情報をもとにしています。

豪雨災害と熊本地震で起きていること

2026年は、
大雨や台風による災害が続き、
熊本地震も発生しました。

厚生労働省は、
被害状況や支援に関する情報を
継続的に公表しています。

台風第25号に伴う災害については、
9月22日付で、

介護報酬などの
柔軟な取り扱いに関する
事務連絡が出されました。

災害によって職員が不足したり、
通常どおりのサービス提供が
難しくなったりした場合に、

介護報酬や運営基準について、
柔軟な取り扱いが
認められる場合があります。

熊本地震についても、
被害を受けた施設や事業所に向けた
支援情報が案内されています。

独立行政法人福祉医療機構
(WAM)では、

災害復旧資金の融資や
既存融資の返済猶予に関する
相談を受け付けています。

こうした情報からも、
災害のなかで普段どおりの介護を
続けることが、

どれほど難しいことなのかが
伝わってきます。

制度上の柔軟な対応は、
介護を続けるために必要です。

しかし、制度だけでは
守りきれないものもあります。

それは、避難したあとの
一人ひとりの心です。

避難できたら、それで終わりではありません

命を守るためには、
安全な場所へ避難することが
何より大切です。

けれど、認知症のある方にとっては、
避難できたあとから始まる
不安もあります。

もし、知らない場所で
目を覚ましたとしたら。

周りには、
知らない人がいる。

どうして家に帰れないのか、
説明を聞いても分からない。

トイレがどこにあるのかも
分からない。

いつもの椅子も、
いつもの布団もありません。

そのような状況で、

「家に帰ります」

と何度も立ち上がる方がいても、
不思議ではないと思います。

周囲の人から見れば、
先ほど説明したことかもしれません。

けれど、その方にとっては、
目の前にある不安が
すべてなのかもしれません。

「家に帰りたい」に込められているもの

「家に帰りたい」という言葉は、
家という建物だけを
求めているとは限りません。

家には、
自分の居場所があります。

いつも座っている場所があります。

トイレの場所を
誰かに尋ねなくても分かります。

聞き慣れた声や、
見慣れた景色があります。

施設で生活している方にとっては、
いつもの居室や食堂、
顔なじみの職員が、

その方にとっての
「帰りたい場所」に
なっていることもあります。

災害によって環境が変わると、
そうした安心の手がかりが
一度に失われます。

「帰れません」と
何度も説明することよりも、

「不安ですね」

「ここに一緒にいます」

「今日は、ここで休みましょう」

と伝えるほうが、
心に届くこともあります。

状況を理解してもらうことより、
まず安心してもらうこと。

災害時にも大切にしたい
認知症ケアの視点です。

特別なことができなくても、安心は届けられます

災害時には、
十分な環境を整えられないことも
あります。

人手が足りない。

物資が届かない。

停電や断水が続く。

支援する人自身も、
家族や自宅のことを
心配しているかもしれません。

そのような状況で、
普段と同じ介護を行うのは
難しいことです。

それでも、
できることは残されています。

名前を呼ぶ。

目線を合わせる。

一度にたくさん説明せず、
短い言葉で伝える。

「ここにいますよ」と
繰り返し声をかける。

使い慣れた毛布やタオルを渡す。

好きな歌を小さな声で歌う。

いつもの飲み物を、
いつものコップで渡す。

一つひとつは、
小さな関わりに見えるかもしれません。

けれど、
何も分からない不安のなかで、

「自分を知っている人がいる」

と感じられることは、
大きな安心につながります。

行動の変化を、認知症だけのせいにしない

避難先で落ち着かなくなったり、
大きな声を出したりすると、

認知症の症状だと
考えてしまうことがあります。

しかし、その背景には、

のどの渇きや空腹、
痛み、発熱、脱水、便秘、
排尿の異常などが、

隠れている可能性もあります。

眠れない日が続き、
疲れ切っているのかもしれません。

周囲の音や照明がつらく、
休むことができない場合もあります。

行動だけを止めようとせず、
その方の身体と環境に
目を向けることが大切です。

普段と急に様子が変わったときは、
認知症によるものと決めつけず、

必要に応じて看護職や
医師へ相談します。

家族だから伝えられる「安心の手がかり」

災害時には、
家族がいつもそばに
いられるとは限りません。

だからこそ平時から、
本人が安心できることを
周囲に伝えておくことが大切です。

「母は、下の名前で呼ぶと
安心します」

「父は、急がされると
不安が強くなります」

「この歌を聴くと、
表情がやわらぎます」

「夜は、小さな明かりがないと
眠れません」

こうした情報は、
薬や病名と同じように、

その方を支えるための
大切な情報です。

家族の写真。

いつも使っているタオル。

好きな音楽。

普段の呼ばれ方。

落ち着く声かけ。

苦手な音や触れられ方。

その方の「安心の手がかり」を
少しずつ書き残しておくことで、

初めて関わる支援者にも
伝えやすくなります。

介護職だから守れるもの

介護職は、
利用者の日常を知っています。

食事のときの表情。

眠れない夜の過ごし方。

不安になったときの仕草。

どのような声かけなら、
気持ちを切り替えられるのか。

記録には残りにくい、
小さな変化を知っています。

災害時には、
普段と同じ支援ができないことに、

申し訳なさや無力さを
感じることもあると思います。

けれど、
すべてを普段どおりにできなくても、

その方の名前を呼び、
安心できる言葉をかけることはできます。

「あなたのことを知っています」

その思いが伝わる関わりは、
混乱した環境のなかで、

その方を支える
大切な力になると思います。

今あるBCPに「避難したあとの安心」を加える

多くの介護施設では、
災害に備えたBCPの作成や
訓練が行われています。

避難経路や連絡方法、
職員の役割分担など、

命とサービスを守るための備えは
欠かせません。

その計画に、
もう一つ加えて考えたいことがあります。

避難したあと、
認知症のある方の安心を
どのように引き継ぐのか。

いつも関わっている職員が
そばにいない場合でも、

その方が落ち着く声かけや
生活上の注意点を伝えられるか。

いつもの物を、
安全に持ち出すことができるか。

避難できたことだけで終わらず、
避難したあとの心まで考える。

それも、介護現場だからこそできる
災害への備えだと思います。

私たちが今からできること

災害が起きたときに、
すべてを完璧に行うことは
難しいと思います。

けれど平時の今なら、
知っておけることがあります。

その方が、
どのように呼ばれると安心するのか。

不安なときに、
何を求めているのか。

どのような習慣を
大切にしてきたのか。

家族や介護職が知っている
小さな情報をつないでおくことは、

災害時にも
その方らしさを守ることに
つながります。

非常時にも、

「あなたのことを知っています」

と伝えられること。

それが、介護にできる備えの
一つなのではないでしょうか。

被災された方々の日常が、
一日も早く穏やかなものへ戻ることを
心より願っています。

参考資料

コメント

タイトルとURLをコピーしました