利用者さんから叩かれたり、強い言葉を向けられたりする。
介護の仕事をしていると、そうした場面に出会うことがあります。
病気の影響があることは分かっている。
ご本人も、不安やつらさを抱えているのかもしれない。
それでも、受け止め方は職員によって違います。
私は比較的、怖さを感じずに対応できるほうです。
けれど、一緒に働く職員の経験から、
「自分が大丈夫だからといって、ほかの人も大丈夫とは限らない」と感じたことがありました。
今回は、一人の介護職として、そのことを書きたいと思います。
私は、怖さを感じにくいほうです
正直に言うと、私は暴力行為があっても、我慢してしまうことがあります。
手が出ることがあると分かっていれば、動きに気をつけたり、避けたりする。
これまでは、さほど大きなけがをせずに済んできました。
「病気の影響で、以前とは違う行動が出ているのだろう」
そう考えると、私自身は、怖さをあまり感じません。
ただ、それは私の受け止め方です。
大きなけがをしていないのは、結果としてそうだったということでもあります。
私が対応できることを、誰にでも同じように求めてよいわけではありません。
一度殴られた後、声を聞くだけでもつらくなった職員
ある利用者さんから、お腹を殴られた職員がいました。
その職員が殴られたのは、一度だったと聞いています。
けれど、それ以来、その方が大声を出すと、気持ちがつらくなるようでした。
その場で叩かれていなくても、声を聞くだけでつらい。
私自身が感じていることとは、違う経験でした。
同じ方と関わっていても、心や身体に残るものは同じではないのだと思います。
「一度だけだったから」では、その人のつらさを測れません。
目に見える傷の大きさだけでも、分かりません。
「私は平気だから、大丈夫だよ」
そんな言葉では、届かないことがあるのだと感じます。
ご本人が穏やかになっても、安心がすぐ戻るとは限らない
その利用者さんのご家族は、とても協力的でした。
お薬の調整もしていただき、ご本人は穏やかに過ごせるようになりました。
それでも、最終的には、別のユニットへ移っていただくことになりました。
ご本人の状態が落ち着くことと、職員が安心して関われるようになること。
その二つは、必ずしも同時ではないのですね。
「もう落ち着いたから」
「今は叩かないから」
そう説明されても、すぐに気持ちを切り替えられるとは限りません。
利用者さんも、ご家族も、職員も、それぞれに事情や思いがあります。
誰が悪いかという話だけでは、解決できない難しさを感じます。
ユニットを移ることが、どの場面でも正解になるわけではありません。
移動先でも安心して暮らせるよう、これまでの経過や関わり方を引き継ぐことが必要です。
それでも、関わる環境を変えるという選択肢が必要になることもあるのだと思います。
二人で介助するのは、双方のけがを防ぐため
今、私たちが行っている対応の一つが、二人での介助です。
叩くなどの行為がある方には、一人で介助に入らないようにしています。
職員がけがをしないためだけではありません。
介助中に双方が動くことで、利用者さんご自身がけがをすることも避けたいからです。
ただ、夜間は、いつでも二人そろえられるわけではありません。
そのため、二人で対応できる時間帯の最後に、おむつ交換に入るようにしています。
一人になる時間帯に、単独で介助へ入ることを避けるための工夫です。
これは、限られた配置の中で、双方の安全を守ろうと考えた苦肉の策です。
「二人対応にしたから、すべて解決した」ということではありません。
排泄や皮膚の状態、不快感などによっては、その後も対応が必要になります。
必要なケアを一律に見送る方法として、紹介したいわけではありません。
一人では安全に対応できず、それでもケアが必要なときに、どう応援を求めるか。
そこまで含めて考えなければならない難しさが、現場にはあります。
個人が上手に避けたり、我慢したりすることだけで、その隙間を埋め続けるのは難しいと感じています。
ニュースでも、本人への配慮と職員の安全が論点に
2026年11月6日の厚生労働省・介護給付費分科会でも、この問題が取り上げられました。
資料では、認知症などの病気や環境を背景とする言動について、その背景を踏まえた対応が必要とされています。
一方で、職員に危険が及ぶおそれがある場合には、安全を確保する対応も必要としています。
判断が難しいときは、職員個人に委ねず、施設・事業所として検討することを明確にする案も示されました。これは、2027年度介護報酬改定に向けた対応案であり、確定した新基準ではありません。mhlw.go.jp
この議論を見て、私は、本人への理解と職員の安全は、どちらか一方を選ぶ話ではないと感じました。
病気の影響を理解しようとすること。
そして、怖いと感じている職員の気持ちを受け止めること。
その両方が必要なのだと思います。
「つらい」と話してくれた気持ちを、小さく扱わない
もし、一緒に働く人から、
「あの方の介助に入るのが怖い」
「声を聞くだけでもつらい」
と話されたら。
すぐに対応方法を教えるよりも、まず、その人が何を感じているのかを聞きたいと思います。
避け方を知っていることと、怖さがなくなることは別です。
「気にしなくていいよ」と励ましたつもりでも、相手には、気にする自分が悪いように聞こえるかもしれません。
起きたことを共有するときも、行動だけでなく、
「次の介助に入るのがつらい」
「一人では対応できそうにない」
という気持ちや困りごとを、一緒に伝えてよいと思います。
うまく説明できなくても、つらさを相談するために、大きなけがをするまで待つ必要はありません。
利用者さんも、一緒に働く人も、大切にしたい
私は、病気の影響だと考えれば、怖さをあまり感じずに対応できます。
これからも、その受け止め方が大きく変わることはないかもしれません。
でも、自分が大丈夫であることを、ほかの人の基準にはしたくありません。
利用者さんが、どんな不安やつらさを抱えているのか。
それを理解しようとするのと同じように、一緒に働く人のつらさにも、耳を傾けたいです。
病気の影響を理解することと、傷ついた気持ちをなかったことにすることは、違います。
利用者さんを大切にしたい。
その思いを持って働いている人自身も、大切にされてほしいと思います。
参考資料
厚生労働省
第274回社会保障審議会介護給付費分科会
資料5「介護現場におけるハラスメント対策(改定の方向性)」
公表日:2026年11月6日/関連箇所:33〜34ページ
※本記事は2026年11月8日時点の情報と、筆者の経験・考えをもとにしています。認知症のある方すべてに暴力行為が見られるわけではなく、個々の言動の原因を診断名だけで判断するものではありません。

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