「そろそろ帰ります」
夕方になると、
毎日のようにそう言われて、
どう返したらいいのか
困った経験はありませんか?
「今日はもう遅いですよ」
「ここにいて大丈夫ですよ」
そう声をかけても、
しばらくすると、また
「帰らないと」
と立ち上がる。
なぜ、夕方になると
帰りたくなるのでしょう。
そして、
自宅にいるのに
「家に帰る」と言う方がいるのは、
なぜなのでしょうか。
「帰りたい」という一言の奥には、
私たちが思っているよりも
ずっと深い理由が
隠れているのかもしれません。
今回は、
認知症の方の「帰りたい」という
気持ちについて、
これまでの経験も交えながら
考えてみたいと思います。
夕方になると「帰りたい」が増える
認知症の方の中には、
夕方になると
落ち着かなくなったり、
「家に帰りたい」
と繰り返したりする方がいます。
いわゆる、
「夕暮れ症候群」
と呼ばれることもあります。
もちろん、
理由は一つではありません。
疲れや不安、
周囲が暗くなっていくこと、
時間や場所が
分かりにくくなることなど、
さまざまなことが
関係しているのだと思います。
でも、
もう一つ、
とても自然な理由も
あるのかもしれません。
夕方に家へ帰りたくなるのは、不自然なことではない
私たちも、
夕方になり
仕事が終われば、
「そろそろ家に帰ろう」
と思います。
家に帰って、
夕食を作る人もいる。
子どもの帰りを
待つ人もいる。
家族のために、
家のことをする人もいます。
そうした生活を、
何年、何十年と
続けてきた方もいるでしょう。
だから、
夕方になったときに、
「そろそろ帰らなければ」
と思うことは、
決して不自然なことでは
ないのかもしれません。
認知症になったからといって、
長年続けてきた生活の感覚まで、
すべて消えてしまうわけでは
ないのだと思います。
自宅にいても「帰りたい」と言うことがある
認知症の方の中には、
自分の家にいるのに、
「家に帰る」
と言う方もいます。
そんなとき、
「ここがあなたの家ですよ」
と伝えても、
なかなか納得してもらえないことがあります。
「帰りたい」という言葉は、
必ずしも、
今いる場所から
別の家へ帰りたい、
という意味だけでは
ないのかもしれません。
その方の記憶の中にある家や、
家族と暮らしていた頃、
自分に役割があった頃など、
そうした過去の暮らしが、
「帰りたい」という気持ちに
重なっていることもあるのでは
ないでしょうか。
「帰りたい」という言葉には、
その方がこれまで生きてきた時間や、
大切にしてきた役割が
重なっていることもあるのかもしれません。
帰りたいのは、場所ではなく「あの頃」なのかもしれない
子どもを育てていた頃。
仕事をしていた頃。
家族がみんな
そろっていた頃。
夫や妻と
一緒に暮らしていた頃。
毎日忙しくても、
自分の役割があった頃。
その方にも、
長い人生の中で
大切にしてきた時間が
きっとあったはずです。
認知症の方が、
「帰りたい」
と話しているとき、
その方が帰ろうとしているのは、
住所としての家ではなく、
自分が一番
自分らしくいられた頃の
場所や時間
なのかもしれません。
「帰りたい」の先にあるのは、
家ではなく、
その人が生きてきた時間
なのかもしれない。
そう考えてみると、
「帰りたい」という言葉の
聞こえ方も、
少し変わってくるのでは
ないでしょうか。
「帰りたい」の言葉の奥を聞いてみる
「帰りたい」
と言われると、
つい、
「今日は帰れません」
「ここにいてください」
と答えたくなります。
安全を考えれば、
そう伝える必要がある場面も
あると思います。
でも、
すぐに否定する前に、
少し話を聞いてみることで、
その方の気持ちが
見えてくることがあります。
「どこへ帰るんですか?」
「誰か待っているんですか?」
「帰ったら何をするんですか?」
そんなふうに聞いてみると、
その方がなぜ帰りたいのか、
少しずつ見えてくることがあります。
「子どもが帰ってくるから」
「ご飯を作らないと」
「主人が待っているから」
そんな答えが
返ってくることもあります。
それが今の現実と
違っていたとしても、
その方にとっては、
とても大切なことなのかも
しれません。
だからこそ、
「帰れません」と伝える前に、
その言葉の奥にある気持ちを
少し聞いてみる。
そこから見えてくるものも
あるのではないでしょうか。
一緒に歩いてみることで見えること
「帰る」
と言って歩き始めた方に、
「では、一緒に
出口を探してみましょうか」
と声をかけることがあります。
もちろん、
本当に外へ出て
帰っていただくためではありません。
その方の、
「帰りたい」
という気持ちに、
少し付き合ってみるためです。
一緒に歩いているうちに、
何か別のものが目に入ったり、
会話が始まったり、
少し気持ちが
変わったりすることがあります。
「帰れません」
と何度も止め続けるより、
その方の気持ちに
いったん寄り添ってみる。
それだけで、
落ち着くこともあります。
「夕方の役割」が安心につながることもある
夕方は、
家に帰る時間であると同時に、
家の中で
いろいろなことをする時間でも
あります。
そんなとき、
何か役割を
お願いしてみることもあります。
たとえば、
「夕方になったので、
カーテンを閉めてもらえますか?」
とお願いしてみる。
すると、
「いいですよ」
と手伝ってくださることがあります。
ほかにも、
テーブルを拭いていただいたり、
何かを一緒に片づけたり。
もちろん、
その方に合わせて
できることを考えます。
ただ気をそらすため、
というだけではありません。
「自分にもやることがある」
「ここでも自分の役割がある」
そんな感覚が、
安心につながることも
あるのではないかと思います。
「止める」より、安心できる関わりを
「帰ります」
と言っている方を、
「ダメです」
「帰れません」
「座っていてください」
と強く止め続けると、
かえって不安や怒りが
強くなることがあります。
本人には、
「帰らなければならない」
と思う理由があるのかもしれません。
それなのに、
その気持ちを否定され、
行動まで止められたら、
不安になるのも
自然なことではないでしょうか。
安全が確保できる範囲であれば、
少し歩いてもらったり、
気持ちが落ち着くまで
様子を見たりすることもあります。
もちろん、
転倒や外へ出てしまう危険が
ある場合には、
安全を守ることが
何より大切です。
大切なのは、
ただ自由にしてもらうことでも、
ただ止めることでもなく、
その方の状態や環境を見ながら、
気持ちを尊重することと、
安全を守ることの両方を考えること。
そのバランスを探していくことが
必要なのではないでしょうか。
「帰りたい」の奥にある気持ちを考える
何度も、
「帰りたい」
と言われると、
どう対応したらいいのか
悩むことがあります。
でも、
その言葉をただ
「困った行動」として見るのではなく、
「なぜ、この方は
帰りたいのだろう」
と考えてみる。
それだけで、
見えてくるものが
変わることがあります。
帰りたい気持ちを
無理になくそうとするのではなく、
話を聞いてみる。
少し一緒に歩いてみる。
何か役割をお願いしてみる。
その方が安心できる方法を
探していく。
「帰りたい」という言葉には、
その方が歩んできた人生や、
大切にしてきた役割、
安心できた時間が
重なっているのかもしれません。
だからこそ、
その言葉を止めることだけに
目を向けるのではなく、
その方が今、
何を求めているのかに
少し思いを向けてみる。
そんな関わり方も
あるのではないでしょうか。
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