利用者さんの“できない”を先回りしていませんか?|待つことも介護のひとつ

「ボタンを留める高齢者を見守る介護職員の水彩イラスト。できる方法を一緒に考え、待つことの大切さを表している。」 介護の仕事

「もう、やってしまった方が早い」

そんなふうに思うことは
ありませんか?

忙しいときほど、

目の前の方が
何かに時間をかけていると、

つい手を出したくなります。

手伝えば、

きっと早く終わる。

次の仕事にも進める。

それでも、

その手を出す前に、

ほんの少しだけ
待ってみたらどうでしょう。

もしかすると、

自分でできるところが
残っているかもしれません。

あるいは、

少し道具や環境を変えるだけで、

できるようになることも
あるかもしれません。

介護では、

「できないから手伝う」

ことだけではなく、

「どうしたら、この方が
自分でできるだろう」

と考えることも
大切なのだと思います。

そして、

そのために必要なのが、

少し待って、よく見ること。

今回は、

「待つこと」が
なぜ介護になるのか、

これまでの経験を振り返りながら
考えてみたいと思います。

忙しいときほど、待つことは難しい

忙しいときほど、

職員が手伝った方が
早く終わります。

立ち上がるのを待つ。

歩き出すまで見守る。

自分でできることを
最後までやってもらう。

そうした一つひとつに、

思っている以上に
時間がかかることがあります。

その間にも、

次の仕事が待っています。

記録もしなければならない。

ほかの利用者さんから
呼ばれることもある。

できれば、

時間内に仕事を
終わらせたい。

そう思うのは、

とても自然なことだと思います。

私自身も、

「待った方がいい」

と分かっていながら、

時間との間で
迷うことがあります。

だから、

ただ、

「もっと待ちましょう」

と言うだけでは、

現場では難しいこともあります。

それでも、

一度立ち止まって、

今、本当に全部
手伝う必要があるのだろうか。

そう考えると、

「できない」と決める前に、

別の方法を探すという視点も
出てくるのではないでしょうか。

認知症の方の「できない」ではなく、
「できること」に目を向けること
については、こちらの記事でも
書いています。

「できない」ではなく、「どうしたらできるか」

パジャマのボタンを留めることが
難しくなった方がいました。

小さなボタンを、

指先でつまんで
穴に通す。

私たちには簡単に見える動作も、

手先が動かしにくくなれば
とても難しいものになります。

そこで、

ご家族に相談して、

ボタンの大きなパジャマを
用意していただいたことがあります。

すると、

それまでよりも、

ご自分でボタンを
留めやすくなりました。

このとき、

「ボタンが留められない」

という結果だけを見て、

すべて職員が
やってしまうこともできました。

でも、

少し環境を変えることで、

その方が持っている力を
使えることもあります。

もしかすると、

「できない」のではなく、

今の道具や環境では
やりにくいだけ

ということもあるのだと思います。

食事も、全部手伝う前にできる方法を探してみる

食事でも、

同じようなことがあります。

ご自分で食べられるのであれば、

できるだけ、

ご自分で食べていただく。

普通の食器では
難しくなってきたら、

自助食器などを
使ってみる。

少しこぼしてしまうことも
あります。

時間がかかることも
あります。

介助する側から見れば、

職員が食事介助をした方が、

早く、

きれいに食べられることも
あるでしょう。

でも、

少しこぼしてしまうことだけで、

「もう自分では食べられない」

と決めてしまうのは、

少し違うように感じます。

大切なのは、

食卓を汚さないことだけでは
ないからです。

自分の手で食べる。

自分のペースで
口へ運ぶ。

食べたいものを
自分で選ぶ。

そこにも、

その人らしさが
あるのではないでしょうか。

待つことで、その人の本当の力が見えてくる

すぐに手を出してしまうと、

その方が、

どこまで自分でできるのか、

分からないままになることがあります。

少し待ってみる。

すると、

「ここまでは自分でできる」

「ここだけ少し難しい」

ということが
見えてくることがあります。

たとえば、

袖には自分で腕を通せる。

でも、

最後のボタンだけは難しい。

スプーンは持てる。

でも、

食器からすくうことは難しい。

そこまで分かれば、

全部を代わりにする必要は
ありません。

できるところは本人に。
難しいところだけ手伝う。

そんな支援が
できるようになります。

待つ時間は、

ただ作業が終わるのを
待っている時間ではありません。

その人が持っている力を
知るための時間

でもあるのだと思います。

「自分でできた」が残してくれるもの

自分でボタンを留められた。

自分で食事を食べられた。

ほんの小さなことに
見えるかもしれません。

でも、

本人にとっては、

「まだ自分でできる」

という感覚につながることも
あるのではないでしょうか。

介護を受けるようになると、

どうしても、

人に手伝ってもらうことが
増えていきます。

だからこそ、

自分でできることまで
すべて奪わない。

自分のことを
自分でする。

その機会を残すことは、

本人の自信や尊厳を
守ることにもつながるのだと
思います。

待つことは、何もしないことではない

「待つ介護」と聞くと、

何もせずに見ているだけ、

と思われるかもしれません。

でも、

実際は違います。

待ちながら、

手の動きを見る。

表情を見る。

どこで困っているのかを見る。

声をかけるタイミングを考える。

必要なら、

道具や環境を変えてみる。

そして、

本当に必要になったところで
手を添える。

つまり、

待つことは、

何もしないことではなく、
よく見ること

なのだと思います。

先回りして全部やるより、

時には、

ずっと難しい介護かもしれません。

でも、待つ介護には時間がかかる

ただ、実際には、

待つことが難しい場面も
少なくありません。

本人にゆっくり
やっていただけば、

当然、

時間がかかります。

職員がやれば
数分で終わることに、

それ以上の時間が
必要になることもあります。

忙しい時間帯では、

「今日は待てない」

ということもあると思います。

だから、

待てない職員を責めれば
解決する話でもありません。

個人の優しさや努力だけに
任せるのではなく、

どうすれば待てる時間を
つくれるのか

ということも、

介護の現場全体で
考える必要があるのかもしれません。

いつでも完璧に
待てなくてもいい。

それでも、

すべてを先回りするのではなく、

「今日はここだけでも
自分でやってもらおう」

そんな小さなところからでも
始められるのではないでしょうか。

「やってあげる」から、「できる方法を一緒に探す」へ

介護は、

できないことを
すべて代わりにやることでは
ないと思います。

少し待ってみる。

その人の力を見る。

道具を変えてみる。

環境を整えてみる。

難しいところだけ
手伝ってみる。

そうすることで、

「できない」と思っていたことが、

「これならできる」に
変わることがあります。

もちろん、

安全や体調によっては、

すぐに介助が必要なことも
あります。

大切なのは、

何でも本人に
やってもらうことではありません。

「できないから手伝う」
で終わるのではなく、

「どうしたらできるだろう」
と一度考えてみること。

そして、

その答えを探すために、

少しだけ待ってみる。

その時間の中に、

その人がまだ持っている力が
見えてくることもあるのでは
ないでしょうか。


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