忘れてしまうことと、今もできること——認知症の方が教えてくれた大切な視点

真剣な表情でタオルを畳む高齢女性を描いた、やさしい水彩画風のイラスト。「忘れてしまうことと、今もできること——認知症の方が教えてくれた大切な視点」という記事タイトルが添えられている。 認知症ケア

はじめに|朝になると、ユニットのカーテンを開ける方

朝起きると、ユニットの中を見て回り、
あちこちのカーテンを開けてくださる方がいます。

洗濯物があれば、
こちらがお願いする前に、
テキパキと畳み始めてくださいます。

私が普段関わっている、
重度の認知症がある方です。

若い頃は、家政婦として
働いていらっしゃったそうです。

そのお話を聞くと、
朝の慣れた動きにも、うなずける気がします。

認知症によって、
忘れてしまうことや、
支援が必要なことはあります。

けれど、それだけでは見えてこない姿が、
毎日の暮らしの中にあります。

5分前のことは忘れていても、自然に動く手がある

その方とお話をしていると、
5分前の出来事を
忘れてしまっていることがあります。

日によっては、
トイレの場所が分からなくなり、
職員の支援が必要になることもあります。

けれど、洗濯物を前にすると、
自然に手が動き始めます。

会話の中で感じる難しさと、
テキパキと洗濯物を畳む姿。

同じ方の姿でありながら、
その違いに、はっとさせられます。

もし、会話の様子だけを見ていたら、
私はこの方に、
どれだけのお手伝いが必要だと
考えていただろう。

先回りして、何もかも
代わりにしてしまっていたかもしれません。

直前の出来事を覚えておくことは難しくても、
暮らしの中で、今も自然にできることがある。

一つの「できない」が分かっただけでは、
その方の力のすべては分かりません。

支援が必要な場面を知ることと同じように、
どんな場面で自然に手が動くのか、
何をご自身でされているのか。

会話だけでは分からない力に気づくには、
暮らしの中の姿を見ることも大切です。

タオルを畳む表情は、まるで「職人」

タオルを畳んでいるときの、
その方の表情は真剣です。

目の前の仕事に集中する姿は、
まるで「職人」のよう。

私には、家政婦として
働いていらっしゃった頃の姿が、
重なるように感じられます。

当時のお仕事ぶりを、
私は知りません。

それでも、こうして誰かの暮らしを
日々支えてこられたのだろうなと、
その姿から想像することがあります。

お礼を伝えると、
「いいのよ」と応えてくださいます。

そのときの、
少し誇らしげな表情が印象に残っています。

タオルを畳んでくださって、
私たちは助かる。
そのことを、お礼の言葉で伝える。

日常の小さなやり取りですが、
そこには、支援する側とされる側という
関係だけではないつながりを感じます。

「タオルを畳むことができる」

言葉にすれば、それだけかもしれません。

けれど、私が大切にしたいのは、
できあがったタオルだけではありません。

集中して取り組む表情も、
「いいのよ」と応える誇らしげな姿も。

そこには、認知症という言葉だけでは
語りきれない、その方らしさがあります。

変化があっても、全部を職員が代わるのではなく

最近は、洋服を裏返しにしたまま
畳むことが増えてきました。

見え方に変化があるのか、
表と裏を判断することが
難しくなっているのか。
その理由は、はっきりとは分かりません。

ただ、以前とは少し違う様子があることを、
日々の関わりの中で感じています。

だからといって、
「もう洗濯物は畳めない」と、
すべてを職員が引き取る必要があるのか。

私たちは今、
洋服は職員が担当し、
タオルはその方に畳んでいただくように、
分けて取り組んでいます。

同じ「洗濯物を畳む」という作業でも、
畳むものによって、
取り組みやすさは違います。

難しくなった部分を職員が補うことで、
その方が今もできることを、
続けられる形にしています。

以前と同じようにできるかどうかだけで、
「できる」「できない」を
決めてしまわないこと。

何をお任せし、
どこを一緒に行い、
どの部分を職員が支えるのか。

その方の変化に合わせて、
私たちの関わり方も見直していく。

すべてを代わる前に、
続けられる形を探すことも、
私たちにできる支援の一つです。

できることを大切にするために、本人の気持ちも大切にする

できることがあるからといって、
毎回していただくことを、
当然にはしたくありません。

私たちにも、何かに取り組みたい日と、
ゆっくり休みたい日があります。

「できること」と、
「今、やりたいこと」は、
いつも同じとは限らないはずです。

だからこそ、
何ができるかだけでなく、
その日の様子や気持ちにも
目を向けることが大切です。

取り組んでいるときの表情や、
声をかけたときの反応。
疲れや、気が進まない様子はないか。

休むことや、しないことを選べる余地も
残しておきたいものです。

また、その方の力が表れる場面は、
洗濯物を畳むような家事だけではありません。

今日着る服を選ぶ。
好きなものを伝える。
「これは嫌」と意思を示す。

誰かの役に立つことでなくても、
自分の暮らしを自分で選ぶ、
大切な行為です。

「できることを生かす」という関わりが、
いつの間にか、こちらの期待を
押しつけることになっていないか。

「何ができるか」とともに、
「ご本人はどうしたいか」にも目を向ける。

その両方を大切にすることが、
その方らしい暮らしを支える
土台になるのではないでしょうか。

まとめ|助けが必要な姿も、誇らしげな姿も、その方の姿

5分前の出来事を忘れてしまう姿も、
トイレの場所が分からず、
助けを必要とする姿も。

タオルを前にすると、
職人のような表情で手を動かす姿も。

どれも、同じ、その方の姿です。

支援が必要な場面が増えると、
私たちはつい、
「できなくなったこと」に
目を向けがちです。

けれど、その変化の中にも、
今できることや、
その方らしい表情が見える瞬間があります。

そして、もしこれから、
タオルを畳むことが難しくなったとしても、
その方の大切さが変わるわけではありません。

誰かの暮らしを支えてきた時間も、
積み重ねてきた人生も、
できることの数では測れないものです。

目の前の方は、
どんなときに真剣な顔をされるでしょうか。
どんなときに、誇らしげに笑うでしょうか。

介助の方法を考えるとき、
その表情も一緒に思い浮かべられる
関わりを大切にしていきたいです。

お礼を伝えると、
少し誇らしげに返ってくる「いいのよ」。

その言葉を聞くたびに、
私は、助けていただいているのは
こちらでもあるのだと気づかされます。

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