「虐待防止研修で、何を伝えればよいだろう」
「日々のケアにつながる研修にしたい」
忙しい業務の合間に、
研修の内容を考え、資料を準備することに、
負担を感じる担当者の方もいると思います。
この記事では、
特養などの入所施設で働く職員を対象とした、
約15分の虐待防止研修を作成しました。
新人から経験のある職員、
リーダーや管理者まで、
一つの架空事例をもとに、
日々の声かけや介助を振り返る内容です。
介護の現場では、
複数の介助が重なり、
すぐに応援を頼めない場面もあります。
「丁寧に対応したい」
と思っていても、
時間や人員に余裕がなく、
思うように動けないこともあると思います。
だからこそ、利用者さんへの影響と、
対応を難しくしている現場の状況の両方に
目を向けることが大切です。
第1回では、
虐待と不適切ケアの基本を確認し、
利用者さんの立場から、
気になる対応と改善の方法を考えます。
自分の対応で見直せること。
チームや施設で考える必要があること。
この二つを整理し、
明日から取り組むことを一つ決めていきます。
第2回では、気づいたことをどう伝え、
相談をどう受け止めるかを学び、
チームでの対応や改善につなげていきます。
利用者さんが安心して過ごせるケアを、
職場全体で支えるために。
この研修を、日々の実践を見直す時間として
ご活用ください。
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この研修の目的
この研修では、
虐待と不適切ケアの基本を学び、
利用者さんの立場から、
日々の声かけや介助を振り返ります。
慣れている対応でも、
本人にとっては、怖さや悲しさ、
恥ずかしさにつながっているかもしれません。
「いつもこうしているから」と流さず、
気になる対応に気づき、
一緒に働く仲間と見直すことを目指します。
この研修で学ぶこと
- 高齢者虐待の5つの類型と、不適切ケアの捉え方
- 利用者さんの気持ちや尊厳を大切にする視点
- 気になる対応を一人で抱えず、共有する大切さ
研修後にできるようになること
- 事例の中で気になる対応と、その理由を説明できる
- 利用者さんの立場から、対応の改善案を考えられる
- 自分たちの現場で見直すことを一つ決められる
小さな気づきを言葉にし、
利用者さんが安心して過ごせるケアへつなげる。
そのための第一歩を、
この研修で一緒に考えていきましょう。
虐待防止の基本
虐待は、殴る・蹴るといった暴力だけではありません。
言葉で傷つけることや、
必要な介護を行わないことも含まれます。
まずは、5つの類型を具体例で確認しましょう。
高齢者虐待の5つの類型
| 類型 | 介護現場での具体例 |
|---|---|
| 身体的虐待 | たたく、強く引っ張る、職員の都合で身体を押さえつける。緊急やむを得ない場合以外の身体拘束も含まれます。 |
| 介護・世話の放棄・放任 | 汚れたおむつを日常的に放置する、医療が必要なのに受診につなげないなど、必要な介護や保護を著しく怠る。 |
| 心理的虐待 | 怒鳴って脅す、排泄の失敗を笑う、訴えを無視するなど、精神的な苦痛を与える。 |
| 性的虐待 | 性的な行為を強要する、人目を遮る配慮をせずにおむつを交換するなど、性的な羞恥心を与える。 |
| 経済的虐待 | 預かっているお金を私的に使う、寄付を強要するなど、本人の財産を不当に扱う。 |
厚生労働省の資料をもとに整理した代表例です。
一つの行為に、複数の類型が重なる場合もあります。
「不適切ケアだから軽い」と考えない
「少し言い方がきつかっただけ」
「悪気はなかったと思う」
そう受け止めた対応でも、
利用者さんの権利を侵害している可能性があります。
職員や本人に虐待の自覚がないことだけでは、
虐待を否定できません。
例えば、排泄の失敗を笑う行為は、
「配慮が足りない」で済ませず、
心理的虐待として捉える必要があります。
「不適切ケア」という呼び方で、
問題を小さく扱わないことが大切です。
確認したいのは、
本人が怖さや苦痛を感じていないか、
意思が尊重されているか、
必要なケアが届いているかです。
気づいたときの基本
まず、利用者さんの安全と状態を確認し、
見聞きした事実を記録・共有します。
対応が難しい背景も、施設として見直します。
また、勤務先の職員による虐待を受けたと
思われる高齢者を発見した場合は、
緊急性の有無にかかわらず、
速やかな市町村への通報が必要です。
施設内での報告だけで終わらせず、
虐待の確定や施設の許可を待たずに対応します。
この基本を踏まえて、
次の事例では、利用者さんへの対応と、
対応を難しくしている現場の状況を考えましょう。
事例を読んで考える
学んだ基本を踏まえて、
日々のケアで起こり得る場面を考えます。
職員の言葉だけでなく、
利用者さんの訴えがどう扱われ、
その後、必要なケアにつながったかにも
目を向けてみましょう。
※以下は研修用の架空事例です。
実在の人物・施設とは関係ありません。
事例|「さっき行ったばかりですよ」
夕食前、職員Bさんは配膳の準備、
Cさんは別の利用者さんの移乗介助をしています。
すぐに応援に入れる職員はいません。
認知症のあるAさんは、
トイレへの移動に付き添いが必要です。
AさんがBさんに、
「トイレに行きたいんですが」
と声をかけました。
Bさんは配膳の手を止めず、
「さっき行ったばかりですよ。
今は忙しいから、座って待っていてください」
と答えました。
Aさんに尿意や不快感があるか、
待てる状態かは確認していません。
数分後、Aさんが再び声をかけると、
Bさんは周囲にも聞こえる強い口調で、
「何回も同じことを言わないで」
と言いました。
Aさんはうつむき、
それ以上、何も言わなくなりました。
Cさんは、そのやり取りが気になりました。
しかし、介助中の利用者さんから離れられず、
Bさんにも声をかけにくいと感じています。
Aさんへの付き添いは、
まだ行われていません。
個人・グループで考えましょう|目安3分
最初の1分で、自分の考えを整理します。
その後の2分で、グループで共有しましょう。
個人で受講する場合は、
3分間で、次の問いへの答えを
短く書き出してください。
① 何が問題だと考えますか?
気になる言葉や行動を、
事例の中から具体的に挙げてください。
声の大きさや言い方に加えて、
確認されていないこと、
行われていないケアにも注目しましょう。
② Aさんに、どのような影響が考えられますか?
Aさんの気持ちと、
身体・安全への影響の両方から考えてください。
何も言わなくなったことで、
「納得した」「トイレは必要なくなった」と
判断してよいでしょうか。
事例だけでは分からないことは、
想像で決めつけず、
「本人に確認すること」として整理しましょう。
③ 自分がCさんなら、まず何をしますか?
Aさんへの声かけや状態の確認、
必要な介助、Bさんへの協力の申し出など、
その場で取る行動を一つ考えてください。
「やさしく対応する」だけでなく、
誰に、どのように声をかけるかまで
具体的にしてみましょう。
話し合いで大切にしたいこと
BさんやCさんの性格を推測するのではなく、
事例に書かれた言動と、
Aさんへの影響をもとに考えます。
忙しさや声をかけにくい関係にも目を向け、
必要なケアを届けるために、
チームで何を変えられるか考えてみてください。
意見が一つにまとまらなくても構いません。
気づいた点を持ち寄り、
次の解説で確認していきましょう。
事例の解説・実践ポイント
この事例の問題は、強い口調に加えて、
Aさんの訴えが確認されず、
必要なケアにつながっていないことです。
応援を頼めない状況も踏まえて、
その場でできる対応と、
施設として見直すことを整理しましょう。
1.「さっき行った」だけでは判断しない
少し前にトイレへ行っていても、
今は尿意や不快感があるかもしれません。
認知症があることを理由に、
「同じことを繰り返しているだけ」と
決めつけないことが大切です。
また、Aさんが黙ったことは、
困りごとが解消したという確認にはなりません。
強い口調によって、
助けを求めにくくなった可能性もあります。
実践ポイント
☐ 本人に顔を向け、訴えと今の状態を確認する。
「トイレに行きたいのですね。
痛いところや、つらいところはありませんか」
など、本人の言葉や表情から確かめます。
2.応援が来られないときは、今の業務を見直す
この場面では、
Cさんは移乗介助中で、その場を離れられません。
無理に中断すると、
介助中の利用者さんを危険にさらすおそれがあります。
一方、Bさんの配膳準備は、
一時的に止められる作業かもしれません。
まずBさんがAさんの状態を確認し、
作業を安全に中断できる場合は、
必要な付き添いにつなげることが考えられます。
Cさんも、介助を続けながら声をかけられる状況なら、
「私は今、手を離せません。
Aさんの様子を確認してもらえますか」
と、必要な対応を伝えられます。
実践ポイント
☐ 利用者さんの状態と、業務を中断する危険を確認し、優先順位を考える。
すべてを予定どおり進めようとせず、
何を後に回せるかを考えます。
それでも対応しきれない状況は、
現場だけで抱えず、管理者などへ伝えます。
3.待ってもらった後の対応まで確認する
すぐに介助できない場合も、
「待っていてください」と伝えたまま、
対応が途切れないようにします。
本人の状態に応じて再び声をかけ、
必要な介助につなげます。
担当が変わるときは、
まだ対応できていないことを明確に伝えます。
実践ポイント
☐ 誰が対応するかを共有し、実際にケアが届いたか確認する。
「Aさんがトイレを希望しています。
まだ付き添いができていません」
と具体的に伝えます。
引き継いだことと、
必要なケアが完了したことは別です。
4.気になる言動と、対応できなかった背景を共有する
忙しさへの対策と、
Bさんの言動への対応は、両方必要です。
Cさんに、その場での注意や説得、
業務の調整まで、
すべてを背負わせることはできません。
見聞きした言葉、Aさんの様子、
そのときの業務状況、行った対応を整理し、
施設の相談・報告先につなげます。
虐待が疑われる場合は、
前項で確認した通報の基本に沿って対応します。
実践ポイント
☐ 個人の対応と、職場の仕組みの両方を見直す。
同じ時間帯に介助が重なる、
応援を頼んでも来られない状況が続く場合は、
管理者やリーダーが、
業務の集中、役割分担、職員配置などを検討します。
利用者さんの訴えを受け止めることと、
職員が対応しきれない状況を変えること。
その両方を、虐待防止の取り組みに
つなげていきましょう。
振り返り|明日から見直すことを一つ決める
今回の研修では、
利用者さんの訴えを受け止めることと、
必要なケアを届けるための工夫を考えました。
自分が取り組めることと、
一人では変えられないことを分けて、
次の一歩を整理しましょう。
書いてみましょう|目安2分
① 自分の対応で、見直したいことを一つ
「気をつける」だけでなく、
どの場面で何をするかを書きましょう。
例:同じ訴えが続いたときも、
本人に顔を向け、今の状態を確認する。
________________
________________
② チームや施設で、見直したいことを一つ
個人の努力では解決が難しいことや、
対応に迷う場面を書いてください。
改善案が浮かばなくても構いません。
例:食事前に排泄介助が重なり、
対応できないときの役割分担を相談したい。
________________
________________
利用者さんの困りごとも、
職員が対応しきれない状況も、
そのままにしない。
自分の対応を一つ見直すこと、
職場の課題を言葉にして共有することから、
日々のケアの改善につなげていきましょう。
ここまでが第1回の研修です
お疲れさまでした。
次の研修|気づきを伝える方法を考えます
第2回では、気になるケアに気づいたとき、
誰に、どのように伝えるか、
チームでどう対応するかを考えます。
詳しい解説・研修担当者の方へ
ここからは、研修を準備・進行する方や、
内容をさらに確認したい方への補足です。
この部分は、15分の研修本編には含めません。
受講者用の配布資料とは分けてご活用ください。
15分で進めるための時間配分
本編は、次の配分を目安に進めます。
記事冒頭の導入文や、この担当者向け補足は、
当日の読み上げには含めません。
| 内容 | 時間の目安 |
|---|---|
| この研修の目的 | 1分 |
| 虐待防止の基本 | 3分 |
| 事例の紹介 | 2分 |
| 個人・グループで考える | 3分 |
| 事例の解説・実践ポイント | 4分 |
| 振り返りの記入 | 2分 |
| 合計 | 15分 |
話し合いは、近くの人と気づきを共有する形にし、
全員の発表は求めません。
個人受講の場合は、考えたことを書き出します。
読み上げる速さなどで所要時間は変わるため、
事前に一度、時間を確認してください。
追加の説明や、施設全体の改善策を決める話し合いは、
研修後に別の時間を設けます。
研修前に準備するもの
- 受講者用の資料と筆記用具
- 時計やタイマー
- 自施設の虐待防止指針と対応手順
- 施設内の相談・報告先、市町村の通報窓口
- 参加者と実施内容を残す記録様式
連絡先は、担当者名だけでなく、
連絡方法や、不在時の対応も確認しておきます。
解説で押さえたい3つの視点
① 言葉と、実際のケアの両方を見る
今回の事例は、
声かけを丁寧にすれば解決するものではありません。
言い方が穏やかでも、
訴えを確認せず、必要な介助を行わない状態が続けば、
Aさんの困りごとは残ります。
国のマニュアルでも、
呼びかけに待つよう伝えた後に対応しないことは、
介護・世話の放棄・放任の例に挙げられています。
「何と声をかけるか」に加え、
「必要なケアが実際に届いたか」まで
確認する視点を伝えてください。
② 事例にない情報は、決めつけない
Aさんに本当に尿意があったか、
Bさんの対応が日常的だったかなどは、
この事例だけでは分かりません。
分からないことは、
「確認が必要なこと」として整理します。
虐待の類型を当てるだけで終わらせず、
安全のために何を確認し、
どのように対応するかを考えてもらいましょう。
③ 現場の難しさと、本人への影響を両方扱う
「応援を呼べばよい」と言っても、
対応できる職員がいない場合があります。
その意見が出たときは、
「何の業務が重なっていたのか」
「安全に後へ回せる作業はあるか」
と、状況を具体的にしていきます。
忙しさを受け止めながら、
利用者さんへの影響も確認します。
個人の工夫で対応できることと、
管理者が検討する課題を分けることが大切です。
話し合いを進めるときの工夫
担当者が、すべての問いに
その場で答えを出す必要はありません。
意見が出にくい場合は、
次のように問いかけます。
- 「Aさんについて、まだ分からないことは何でしょうか」
- 「BさんとCさんでは、できる対応にどのような違いがありますか」
- 「自分たちの現場で、判断に迷うのはどのような場面ですか」
特定の職員を名指しして責めたり、
参加者に過去の経験を無理に話させたりしないよう、
配慮してください。
実際の虐待の疑いに関する相談が出た場合は、
全員の前で詳しく話させず、
個別に受け止めて必要な対応につなげます。
報道事例や、施設の課題への差し替え方
架空事例は、最近の報道や、
自施設で見直したい場面に差し替えられます。
研修目的に合い、
短く紹介できる一つの場面を選びましょう。
報道事例を使用する場合
- 出典、報道・公表日、内容を確認した日を記載する
- 確認された事実と、疑い・調査中の情報を分ける
- 報じられていない会話や気持ちを付け加えない
- 必要な事実を自分の言葉で要約し、記事全文や画像をそのまま転載しない
自施設の課題を使用する場合
- 氏名や居室など、個人が特定される情報を載せない
- 職員の性格ではなく、具体的な言動や業務状況を整理する
- 設定を変更した場合は、研修用に再構成した事例と明記する
- 実際の事案の記録は、研修用の資料と分けて正確に残す
差し替えた後は、
問い・解説・実践ポイントも、
新しい事例に合っているか確認してください。
事例紹介が長くなりすぎないよう、
進行時間も見直します。
研修後の課題を、改善につなげる
振り返りで挙がった課題は、
担当者が取りまとめ、
管理者や関係する委員会などへ共有します。
その後、次の内容を決めてください。
| 確認すること | 内容 |
|---|---|
| 取り上げる課題 | どの場面で、どのケアが難しくなっているか |
| 次に行うこと | 試す方法、または検討が必要なこと |
| 担当者・依頼先 | 誰が調整し、誰が判断するか |
| 確認日 | いつ進捗や結果を確認するか |
| 現場への返答 | 検討状況を、いつ、どう伝えるか |
すぐに解決できない場合も、
検討状況や、当面の対応を伝えます。
課題を伝えた職員に、
解決まで一人で背負わせないことを
大切にしてください。
研修の記録には、
開催日時、参加者、使用資料、
話し合った内容、今後の対応を残します。
欠席者への後日実施も記録しましょう。
虐待が疑われる場合の確認
現在起きている虐待の疑いは、
次回の研修や委員会を待たずに対応します。
勤務先の職員による虐待を受けたと思われる
高齢者を発見した場合、
施設従事者には、緊急性の有無にかかわらず、
速やかに市町村へ通報する義務があります。
施設内の報告・共有と市町村への通報は、
それぞれ必要な役割があります。
施設内での判断や許可を、
通報の条件にしないことを確認してください。
参考資料・出典
本記事の虐待の類型、対応の基本、通報に関する説明は、
以下の資料を参照しています。
架空事例、設問、時間配分は、
施設内研修での活用を目的に独自に作成したものです。
- 厚生労働省「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」国マニュアル(令和8年3月改訂)
虐待防止の基本と、施設従事者等による虐待への対応を確認できます。 - 同マニュアル「第Ⅰ章 高齢者虐待防止の基本」(PDF)
虐待の類型・具体例、虐待への自覚の有無に関する考え方などを参照しています。 - 高齢者虐待防止法(e-Gov法令検索)
第2条:虐待の定義
第20条:施設・事業者による虐待防止の措置
第21条:施設従事者等による虐待に係る通報
資料確認日:2026年9月24日
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