はじめに|夜勤に行くと、知らない人が寝ている
夜勤に出勤すると、
知らない利用者さんが寝ている。
私はこれまで、
夜勤に出勤して初めて
新しい方の入居を知ったことが、
何度もあります。
「今日、入居された方です」
それだけを聞き、
記録を確認しながら、
その方の状態や生活歴、
注意することを把握していきます。
本来、新しい利用者さんを
受け入れるまでには、
実態調査を行い、
入居を検討する会議や審査を経て、
受け入れ準備へ進むという
流れがあります。
けれど実際には、
その過程で何が話し合われ、
どのような理由で受け入れが決まったのか、
現場まで十分に
共有されないことがあります。
私は、現場で受け入れへの不満を
簡単には口にしません。
リーダーである私が不満を言えば、
チーム全体に否定的な空気が
広がるかもしれないからです。
もちろん、不安や課題を
口にしてはいけないわけではありません。
むしろ、安全に支援するためには、
現場の声が必要です。
ただ、新しい利用者さんを迎える前から、
その方を否定するような雰囲気には
したくありません。
けれど、不安がないわけではありません。
何も知らされず、
準備もできないまま、
「今日からお願いします」
と現場だけに委ねられる。
それで本当に、
利用者さんにとっても
職員にとっても、
よい受け入れになるのでしょうか。
以前とは変わってきた、施設の受け入れ
介護の仕事を始めてから、
25年が経ちました。
その間に、介護施設が受け入れる
利用者さんの支援ニーズも、
少しずつ変わってきたように
感じます。
以前であれば、
受け入れまでに
慎重な検討が必要だった方も、
今では短い期間で
入居が決まることがあります。
介助の際に、
手や足が出ることのある方。
精神疾患への理解や、
医療との連携を必要とする方。
認知症の症状が強く、
見守りを必要とする場面が
多い方。
複数の病気や生活上の課題を
抱えている方もいます。
もちろん、そうした方たちにも、
安心して暮らせる場所は必要です。
ご本人が悪いわけでも、
施設への入居を希望することが
悪いわけでもありません。
ただ、私が以前と比べて感じるのは、
施設側が受け入れについて
慎重に検討する時間や余地が、
少なくなっているのではないか、
ということです。
施設側が、受け入れについて
十分に考えることが難しくなった。
そんな感覚を抱くことがあります。
けれど本当は、
利用者さんを選びたいのではありません。
その方に必要な支援を、
今の人員や環境で
提供できるのか。
利用者さんの生活を守りながら、
一緒に働く仲間の安全も
守れるのか。
受け入れる前に、
きちんと考える時間が必要なのです。
支援の難しさは、
利用者さんだけに
あるものではありません。
利用者さんの状態と、
受け入れる施設の体制。
その組み合わせによって、
大きく変わるものだと思います。
空室を埋めることも、施設長の大切な仕事
私は以前、
「優秀な施設長とは、
空室を埋められる施設長だ」
と教えられました。
施設長を経験した今も、
その考えは
間違っていないと思っています。
介護施設は、
利用者さんが入居することで
成り立っています。
空室が増えれば収入が減り、
施設の運営にも影響します。
設備を維持し、
必要な人材を確保し、
職員に給与を支払い続けるためにも、
安定した経営は欠かせません。
施設長には、
利用者さんの生活だけでなく、
施設の経営や職員の雇用を守る責任があります。
また、入居先を探す
ケアマネジャーや、
病院のソーシャルワーカーにも、
それぞれの事情があります。
退院の日が迫っている。
自宅での生活を
続けることが難しくなった。
家族だけでは、
介護を支えきれなくなった。
そのような状況で、
すぐに受け入れてくれる施設は、
とても頼りになる存在です。
一度、困ったときに
受け入れてもらった実績があれば、
「次もこの施設へ相談しよう」
と思うのは、
自然なことだと思います。
その信頼が、
次の紹介や入居につながり、
施設の安定した運営にも
つながっていきます。
施設長を経験しているからこそ、
受け入れを急ぐ経営側の事情も、
私には理解できます。
ケアマネジャーや
病院のソーシャルワーカーが、
早く入居先を見つけたいと考えることも
理解できます。
誰か一人が、
間違っているわけではありません。
ただ、そのスピードを支えるために、
現場の準備時間が
削られていることがあります。
紹介する側から見れば、
すぐに受け入れてくれる施設。
経営側から見れば、
空室を早く埋められる施設。
けれど現場では、
十分な情報も準備もないまま、
新しい支援が始まることがあります。
外からは見えにくい負担を、
現場が引き受けている。
そのことも、
受け入れを決めるときには、
忘れてほしくないと思うのです。
現場リーダーには、現場を守る役割がある
現在の私は、
現場リーダーという立場にいます。
現場リーダーの役割は、
利用者さんの生活を守り、
一緒に働く仲間の安全を守り、
チームをまとめていくことだと
理解しています。
新しい利用者さんの入居が決まれば、
その方が安心して暮らせるよう、
現場の体制を整えなければなりません。
同時に、
職員が不安や負担を
一人で抱え込まないようにすることも、
リーダーの大切な仕事です。
支援の難しい利用者さんを
受け入れることになれば、
現場から不安や不満の声が
出ることもあります。
私は、その声を
単なる愚痴だとは思いません。
職員が感じている不安の中には、
事故につながる危険や、
支援体制の不足が、
隠れていることもあるからです。
だからこそ、その声を受け止め、
何に困っているのか。
何があれば支援を続けられるのか。
一つずつ整理して、
管理者へ伝える必要があります。
一方で、リーダーである私が
不満ばかりを口にすれば、
チーム全体が利用者さんを
否定的に見るようになるかもしれません。
そのため、経営側への疑問があっても、
現場では簡単に
口に出さないようにしています。
けれど、不満を押さえ込むだけでは、
問題は解決しません。
経営側の事情を理解しながら、
現場の声も管理者へ届ける。
利用者さんを守りながら、
一緒に働く仲間も守る。
その二つの間に立つことが、
現場リーダーとしての私の役割です。
施設の経営を守ろうとする正しさと、
現場を守ろうとする正しさ。
その間で、
私は今も答えを探しています。
現場が反対しているのは、受け入れそのものなのか
新しい利用者さんの受け入れが
現場へ伝えられたとき、
職員から、
「今の人員では難しいです」
「どうして、うちのユニットなのですか」
という声が出ることがあります。
その言葉だけを聞けば、
利用者さんの受け入れに
反対しているように見えるかもしれません。
けれど、その言葉の奥には、
別の不安が
隠れているのではないでしょうか。
どのような方なのか、
必要な情報が足りない。
何か起きたとき、
どう対応するのか決まっていない。
困ったときに、
誰が助けてくれるのか分からない。
そして今回も、
受け入れた後の対応を
現場だけに任されるのではないか。
職員は、過去の経験から、
その先に起きることを想像しています。
だからこそ、
「難しいです」
という言葉になるのだと思います。
少なくとも、その一言だけで、
利用者さんを拒んでいると
決めつけることはできません。
その方に必要な支援を
本当に提供できるのか。
ほかの利用者さんの生活や、
職員の安全も守れるのか。
それを心配していることも
あるからです。
不安を口にすることは、
受け入れへの反対とは限りません。
安心して支援を始めるために、
必要な確認をしている場合もあります。
その声を押さえ込むのではなく、
何に不安を感じ、
何があれば支援できるのかを、
一緒に考えることが
必要なのではないでしょうか。
説明があれば、心構えは変わる
支援の難しい利用者さんだからこそ、
受け入れる前に
現場への説明が必要だと思います。
なぜ、この施設で
受け入れることになったのか。
ご本人やご家族は、
支援に関係する範囲で、
どのような事情を抱えているのか。
施設として、
どのような支援を考えているのか。
困ったときには、
誰がどのように支えるのか。
それらを理解したうえで迎えるのと、
何も分からないまま
突然任されるのとでは、
職員の心構えが大きく違います。
理由が分かれば、
「どうして受け入れたのだろう」
という疑問が、
「この方のために、
私たちに何ができるだろう」
という考えに
変わるかもしれません。
想定される課題が分かれば、
必要な人員や環境、
支援方法についても、
入居前から考えられます。
すべての職員が、
受け入れに賛成するとは限りません。
説明を受けても、
不安が残ることはあるでしょう。
それでも、
施設が課題を理解したうえで
受け入れを決めていること。
そして、対応を現場だけに
任せるつもりではないこと。
それが伝われば、
不安の感じ方は違ってきます。
説明とは、
決まったことを
現場に納得させるためのものではありません。
利用者さんをどのように支えるのかを、
施設全体で一緒に考えるための
出発点です。
新しい利用者さんを迎える準備は、
部屋を整えることだけではありません。
支える職員の気持ちを整えることも、
大切な準備の一つだと思います。
必要なのは、現場も含めた受け入れ準備
施設の事情によっては、
十分な時間をかけられないまま、
受け入れを決めなければならないこともあります。
それでも、
決まったことだけを
現場へ伝えるのではなく、
支援を始めるための準備は
必要だと思います。
まずは、受け入れ前に得られた情報を
現場と共有すること。
病名や介護度だけではなく、
これまでの生活や、
不安や混乱が強くなりやすい場面、
その方が安心できる関わり方なども、
大切な情報です。
次に、介護職だけで判断するのではなく、
看護職、ケアマネジャー、生活相談員、
必要に応じて医師なども交えて、
どのような支援が必要なのかを
検討します。
そのうえで、
最初はどのように関わるのか。
注意が必要な場面では、
誰がどのように対応するのか。
現場だけでは対応が難しいとき、
誰に相談すればよいのか。
施設としての支援方針を
現場へ示す必要があります。
大切なのは、
「何かあったら、
現場で考えてください」
と任せることではありません。
困ったときには、
管理者やほかの職種も一緒に考える。
必要であれば、
医療機関や外部の専門職にも
相談する。
現場だけに背負わせない姿勢を、
受け入れ前から示すことです。
そして、受け入れ準備は、
入居したら終わりではありません。
事前の情報と、
実際の様子が違うこともあります。
支援を始めた後に、
うまくいっていることと、
難しかったことを確認し、
現場の声を聞きながら、
支援方法を見直していく必要があります。
厚生労働省のガイドラインでも、
サービス開始前の情報収集、
多職種によるアセスメント、
入居後の行動パターンの把握と
職員間の情報共有が重要だとされています。
参考:厚生労働省「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」
現場を含めた受け入れ準備とは、
全員の賛成を得てから
入居を決めることではありません。
受け入れを決めた理由を共有し、
予想される課題を一緒に考え、
施設全体で支える準備をすることです。
たとえ短い時間でも、
その過程があるかどうかで、
職員の心構えは
大きく変わるのではないでしょうか。
まとめ|利用者さんを、施設全体で迎える
空室を埋めなければ、
施設の経営は成り立ちません。
そして、入居先を必要としている方を
受け入れることも、
介護施設の大切な役割です。
その一方で、
実際に利用者さんの生活を支える
現場の職員にも、
できることと、
難しいことがあります。
受け入れを決めるのは、
管理者かもしれません。
けれど、入居したその日から、
食事や排泄、入浴、睡眠など、
日々の生活を支えるのは現場です。
だからこそ、
受け入れを決める側と、
実際に支援する側が、
別々の方向を向いたままでは
いけないのだと思います。
経営側の事情だけを
現場へ押しつけるのでもなく、
現場の不安だけで
受け入れを否定するのでもない。
なぜ、この方を受け入れるのか。
どのような支援が必要なのか。
困ったときには、
誰が一緒に考えるのか。
それを施設全体で共有したうえで、
利用者さんを迎える。
その過程が必要なのでは
ないでしょうか。
「明日からお願いします」
その一言だけでは、
現場は安心して動けません。
受け入れを決めた管理者も、
生活を支える現場職員も、
本来は、
同じチームの一員です。
目指しているのは、
利用者さんが安心して
その人らしく暮らせる施設。
同じ方向を、
見ていたはずでした。
けれど、施設を守ろうとする中で、
いつの間にか、
管理者と現場が向かい合い、
お互いを責めるように
なってしまうことがあります。
本当は、
対立したいわけではありません。
もう一度、隣に立って、
同じ方向を見るために。
新しい利用者さんを迎えることを、
現場だけの仕事にしない。
その方を迎えるのは、
一つの部署ではなく、
施設全体でありたいと
私は思っています。


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